車輪人の自転車日本一周・登山の旅 車輪人の自転車日本一周・登山の旅

2003年 3月22日 (土) - 258日目

天気 :

体調 : 良好

宿泊地 : 道の駅・みずなし

本日の移動 : 鹿島市~諫早市~島原市

走行距離 : 85.4km

累計距離 : 10,629km
本日の出費

食費 : 1031円

観光費 : 820円

宿泊費 : 0円

雑費 : 105円

費用詳細 : 観光費:島原城共通入場券・旅館岩永にて入浴、雑貨:乾電池

現在地 : 長崎県島原市  ( 全走行図 )

生きる力

 昔から大惨事を繰り返して、そして立ち直ってきたそんな島原の地を今日は訪ねた。そして人間の生きる強さ、立ち向かう強さを感じた。人間とはほんと偉大であるが、でも、愚かでもあるだろう。同じ過ちを繰り返し絶えない戦争。もっと違うところにエネルギーを発散していけたらどれだけの人が救われるだろうか・・・

 今朝は絶えない雨音を聞きながら5時半起床、今日も自炊し朝食をとりながら昨日の日記を書く。どうもここ毎日早寝してしまう。自然の理でお腹が膨れれば眠くなり、さらに真っ暗で狭いテントの中、仕方ないかもしれないが、でもこれでは日記がいつも書けない。眠気防止に紅茶か珈琲を買おう、そんな事を考えながら日記をかいていた。7時には道の駅ということもあって先にテントを撤収、それからまた続きを書き、8時ごろようやく終えることが出来た。ただ、天気の方はというと相変わらず激しく雨音を立てていた。ほんと今日はこのビニールハウス内で助かった。軒下程度の屋根ではこの風雨で降り込まれていただろう。出発を天気を見ながら見合わせて読書をしてのんびりと回復を待った。幸い、西の空は青空が顔を出し始めていて、この大雨が不思議なくらいの天気であった。

 そんな雨は9時前には回復してくれ出発へ!♪今日は海沿いを島原まで進むつもりで、その道中は興味惹かれる観光所はなく、一気に島原へ目指すつもりだ。だが、道のりはやや長く80km近くあるだろう。島原観光をのんびり楽しみたいという思いがあり、ちょっと急ぎ足で漕ぎ始めた。だが、昨日、いや、この2,3日続いた平坦な快適な道はここで終了。この鹿島から先は小さいがアップダウンが出始める。そんな道でも、今日は嬉しい追い風に押されて意外に快適♪さらには休日とあってか、たくさんの方から応援の言葉も頂き、精神面でも快適に漕ぎ進むことができた。その中でもちょっと嬉しくまた照れたのが、女子中学生?高校生?どちらか分からないが、20人近くいるそんな方々から車内より黄色い声援を頂き、さらに先のコンビニへ立ち寄ったらしく、そこからみんなで黄色い声援の嵐♪ほんとは止まってみんなで写真を撮りたいところであったが、圧倒され、また照れてしまい、そのまま声援を浴びながら通過。ほんとごめんなさい。そしてありがとう♪このあと、また追いつかれ車内より応援してくれた。その走行中に「食べますか~?」っと手渡されたのが”梅干し”。後で美味しくいただきました。ありがとう♪

厚い雲かかる雲仙
 そんな声援と追い風を浴び、今日は順調に距離を延ばして行った。途中、休憩を兼ねて立ち寄ったスーパーでは嬉しいことに半額パンがたくさん並べられていて、迷わず買いあさり、そんな浮いたお金で、ちょっと豪華に隣の100円均一でお菓子を購入♪久しぶりの駄菓子を食べながら、この先も順調に前面に雲かかる普賢岳を望みながら距離を延ばして行った。

 だが、こんな快適走行はいつまでも続かなかった。諫早湾の付け根をまわるころには強い横風と変わり、真っ直ぐ進むのが至難の技というほどで、隣に大型車が通ったときなどはもう冷や汗物である。そんな必死になって風と格闘している時、右手に気になるものが、江戸期のものではなかろうかという建物が建ち並び、また大きな庄屋クラスの民家も建てられていた。気になって覗いて見ると、なんてことはない「開拓の里」と呼ばれるテーマパーク(公園)であった。入園料も取られることもあって早々に後にした。また横風に悪戦苦闘しながら走るのだが、島原半島に入って東に向けて走りだしたときにはもっと最悪な向かい風になった。いくら必死に漕いでも全然進まず、それでもただ黙々と少しでも進むため漕いでいくしかない。そんな格闘中に12時をまわり、ちょうどよいのんびりした静かな堤防を見つけたので、ここで休憩兼、食事タイムとした。食事はもちろん先ほどの半額パン。その買った中でもコロッケパンが美味しいこと!もって買っとけばよかったと悔やみながら、諫早湾にかかる堤防を見つめていた。

諫早の開拓の里にて
諫早湾
以前問題になった水門
頂いた梅干し♪
うまい!!

 こうしてお腹を満たして今日の目的地・島原まで一気に進む。そんな道中でもまたたくさんの方に応援の声をかけられ、また途中餞別まで頂いた。最初はやっぱりお断りするのだが、でも今、これしか出来ないし、また自分の気持ちだからと言われ、その気持ちをこうしていただいた。近藤さんありがとうございました。さらにこの先、今度は男子中学生の団体からにも力強い声援を頂いたりもした。こんな声援、どれも共通しているのは、応援してくれる方々もみんな生き生きとしていることだ。きっと、今も精一杯楽しく、そして頑張ってる、そんな力強さが声を掛けてくれる度に伝わり、そして、そんな力をもらって頑張っている。ほんとありがとうございます!♪

 こうしてたくさんの力を貰って、島原半島を南下し始めた頃には、また追い風へと変わりグングン距離を稼いで、14時ごろに市内へと入った。そしてまず目に入ったのが、大きく立派な島原駅であった。なんと櫓風作りで、今からの島原の観光を盛り上げてくれる、そんな建物であり、ワクワクさせられた。そしてさっそく向かった先はメインの島原城からである。坂をひと上がり登ると前面に巨大な島原城が出現した。その予想以上の城郭、石垣、堀など全ての大きさにビックリ!!島原城天守自体は何度も写真で見た事があった為に、大きさ、風貌は知っていたが、この城郭は始めてみる為にその驚きも大きかった。これが本当に4万石程度の藩の城なんだだろうか。重税だけで出来るとは思えない、そんなほんと信じられないほどの規模であった。

 さっそくそんな城内へと入る。キリシタン資料に始まり、島原の乱、天災、などなどいろんな資料が豊富に展示され、その中でも嬉しかったのだ一人一個貸し出してくれる説明ラジオ(レシーバー)で、各コーナー別にそれぞれの説明が流れてくれるのでとても分かりやすい!そしてなによりこれが無料なのが嬉しかった。ちなみにこの島原の乱、起こるきっかけはやっぱり大きな理由の一つは重税で、人頭税、埋葬税などなど、人の生死までにも税をかけていたそうだ。そして、もちろんキリスト教の弾圧もある。こうして起こった乱で、住民総出の乱だった為に沈静後、この辺りいったいは無人の廃墟となってしまったそうだ。そのために、幕府の呼びかけにたくさんの方がこの地に全国から移民してきた。だが、その後も普賢岳噴火の影響で眉山の大崩という大災害にも襲われるのだが、今もその傷跡が山や碑として残り、その惨事の大きさが窺えた。

 そんな歴史を学びそして展望台へ、そこからは崩壊の傷跡のこる眉山とその奥には不気味な昭和新山の姿があった。でも、幾多の災害を乗り越え、活気ある町並みが眼下に広がっていて人間の強さを感じた。

城下町ただよう島原駅
予想以上に巨大な島原城
ビックリです!!
天守より眉山
その奥に普賢岳

 このあと、共通券で入れる西望記念館と観光復興記念館へ入館。ちなみに西望氏は美術界の巨匠で長崎平和記念像を作った人でもある。そのときの試作品が並べられていた。そのほかにもたくさんの像が展示され、どれも表情豊かで、また力強さを感じた。この後に無料の民具資料館、そして復興記念館と見学。ここでは噴火の時の映像が流されていて、噴火当時もみた映像ばかりだが、での改めてみて、その噴火、自然の力を感じ、またその被害の恐ろしいほどの大きさを知った。だが、逆に復興時の人の力強さを、結束力をみて、人の強さも知った。

5層単調造りの天守閣
西望記念館
西望氏はあの長崎
平和像を作った方
観光復興記念館
朽ち果てたバイクと
ガードレール

 こうして城周辺の資料館をまわって、今度は町並み散策、まずは武家屋敷へと足を運んでみた。のんびりと散策したかったので、もちろん自転車を置いて歩いて行ってみたのだが、今も流れる水路の両脇に屋敷が並び、その中には今の時代にはない、時間の流れが存在した。車も通れない様なこの狭い道と、水路がそう感じさせたのかもしれない。これら立ち並ぶ武家屋敷内には無料で中を見学することができる。それらの家々には生活を感じさせてくれる人形が置かれていて、無料とは思えない面白い演出がされていて面白かった。そして見れば見るほどどんどんこの島原の町に惹かれて行った。

 このあと、豊富な湧き水を誇る白土湖(眉山崩壊時にできた)、ねはん像、そして鯉泳ぐ水路を見学して最後に島原温泉へと入浴した。入ったところは岩永旅館で、素朴な湯船を貸切でのんびりと浸かり、そして今日の寝床予定である道の駅・みずなしへと途中、スーパーで買出ししながら向かった。

島原の武家屋敷通り
各旧家には再現モデルが♪
名水百選・白土湖
ねはん像
島原温泉
旅館・岩永にて

 道の駅到着は18時ごろ、薄暗くなりつつある中、野外の土石流跡を見学、自然の力と被害の大きさをここで目の当たりにし、そして展望台から見る景色では、そんな大惨事を窺わせないほどの復旧された景色が広がっていたが、よく目を凝らしてみると、面影が今も残るところもあった。

 今日はほんと風が強いこと強いこと!これではテントが張れないと道の駅を散策しながら頭を悩ませていると、ちょうどいいスペースを発見♪迷うことなく即決し、ここでテント設営。あとは自炊し、そしていつも通り、PCと向き合いながら日記を紅茶を片手に書きはじめ、また日記途中にはなってしまったが、いつもよりは書き終えて23時ごろ就寝した。今日は連休のど真ん中とあって車の出入りが激しく、静かに寝れるか心配だ・・・

悲劇の水無川
保存されている家々

 ~追伸~
この風に花粉があおられたか、もう花粉症が酷くて今日はまいった。目はかゆくて真っ赤になってしまい、それで鼻もかゆい・・・ はやくこんな時期が去って欲しいものだ・・・




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